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岡山地方裁判所 昭和56年(ワ)253号 判決

原告

松元愛佳

被告

岡本タメ子

主文

被告は原告に対し金七七三万二七八二円及び内金六九八万二七八二円に対する昭和五六年一〇月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分して、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対して金一〇五一万〇五四八円及び内金九六一万〇五四八円に対する昭和五六年一〇月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和五六年一〇月一五日午後一時三五分頃

(二) 場所 岡山市福富二丁目一三番一二号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車 普通乗用自動車(岡五六ね五五三〇)

(四) 右運転者 被告

(五) 被害車 普通乗用自動車(岡五七と一六五一)

(六) 右運転者 松元圭子(原告の母)

(七) 事故の熊様 本件交差点を東進中の原告同乗の被害車に、左側道路を併進右折した加害車が接触そのため被害車は中央分離帯の防護壁に正面衝突した。

2  被告の責任

(一) 被告は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(二) 被告は、運転中の不法行為責任(過失)がある。

3  損害

(一) 受傷、治療経過等

(1) 受傷

下顎骨開放骨折、口腔底挫創、舌咬創、舌尖部約三分の一の離断

(2) 治療経過

入院

昭和五六年一〇月一五日から同年一一月一〇日まで(岡山労災病院二九日)と昭和五七年三月一九日から同月二〇日まで(同病院二日)

通院

昭和五六年一一月一七日から昭和五七年三月二七日まで(実通院数一〇日)

(3) 後遺症

原告は、本件事故による受傷により、舌約三分の一切除をし、そしやく機能と言語機能(構音機能)に後遺障害を残した。右の後遺障害の程度は自賠法施行令第二条別表後遺障害等級表(以下「障害別等級表」という。)の第九級六号の「そしやく及び言語機能に障害を残すもの」に該る。

仮に、右の等級に該らないとしても、いわゆる障害等級認定基準「口」の項の(3)併合、準用、加重にある「舌の異常」に該り、「そしやく機能に障害を残すもの」の等級(第一〇級二号)に準じて取り扱われるべきである。

(二) 治療関係費

(1) 治療費 金一四万八六二四円

(2) 入院付添費 金八万七〇〇〇円

一日三〇〇〇円が相当である。

(3000円×29日)=8万7000円

(3) 通院付添費 金一万五〇〇〇円

一日一五〇〇円が相当である。

(1500×10日)=1万5000円

(4) 入院雑費 金二万〇三〇〇円

一日七〇〇円が相当である。

(700×29日)=2万0800円

(5) 通院交通費 金一万八〇〇〇円

一日二〇〇〇円が相当である。

(2000×9日)=1万8000円

(三) 入・通院慰藉料 金一〇〇万円

後遺症慰藉料 金三〇〇万円または金四〇〇万円

前記の如く、原告の舌尖部三分の一の切断は、障害別等級表の後遺障害第九級の六の「そしやく及び言語機能の障害」に該るから、慰藉料は金四〇〇万円が相当であるし、仮にそうでなくとも同表準用の後遺障害第一〇級の二に相当し、そうとすれば金三〇〇万円が相当である。

(四) 後遺症による逸失利益 金五三二万一六二四円または金六八九万八四〇二円

右後遺症が前記の第九級に該るとすれば、労働能力喪失率三五%を喪失したことになるところ、原告は事故当時幼児であつたから、本件事故がなければ一八歳から六七歳まで就職可能と考えられる。女子平均給与月額金九万四七〇〇円を基礎として計算すると、次のとおりとなる。

9万4700円×12×17.844(ホフマン係数)×0.35(労働能力喪失率)=689万8402円

また、前記の第一〇級に相当するとすれば、

9万4700円×12×17.344×0.27=532万1624円

となる。

(五) 弁護士費用 金九〇万円

よつて、原告は、被告に対し、自賠法に基づき右3の損害金合計金一三〇八万七三二六円もしくは合計金一〇五一万〇五四八円のいずれかを求めるものであるがその内金一〇五一万〇五四八円(但し後者については全額)及び内金九六一万〇五四八円に対する本件交通事故発生日である昭和五六年一〇月一五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告主張の日時・場所で、本件事故が生じたことは認めるが、事故態様については否認する。

同2は認める。

2  請求原因3は否認する。とりわけ、原告主張の後遺症障害については、原告が幼児であることから、舌損傷による機能障害が同人の成長過程で回復する可能性があることからすれば、自賠責保険の後遺障害には該当しない。等級準用についても医学的証明のない場合は準用されないというべきである。

三  抗弁

(填補)

1 被告は原告に対し、治療費、付添費などとして金三〇万六一四二円を支払つた。

(過失相殺)

2 本件事故の発生にあたつては、原告法定代理人松元圭子にも前方不注視などの過失がある。

四  抗弁に対する認否

抗弁2は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因1の(一)ないし(六)の事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二、三号証及び原告法定代理人松元圭子本人尋問の結果によれば、

被告は、岡山バイパス北側道を加害車に搭乗東進し、本件交差点にさしかかつたこと、本件交差点を右折するため交差点に進入したため、折から直進中の被害車の左前部に自車右前部を衝突させ、被害車を中央分離帯の防護壁に正面衝突させたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実によれば請求原因1が認められる。

二  責任原因

責任原因2については争いがない。従つて被告は、自賠法三条により、民法七〇九条について判断するまでもなく本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  受傷、治療経過

成立に争いのない甲第四ないし第六号証及び証人古本雅彦の証人尋問、原告法定代理人松元圭子本人尋問の各結果によれば、原告は本件事故により請求原因3(一)の傷害を負い、即日岡山労災病院外科に救急車で運ばれ、同病院副院長古本雅彦医師(当庁証人)の下で執刀手術を受けたこと、本件事故により、上下乳歯各三本の折損を負い、又口腔から多量の出血が生じたこと、そこで右古本医師により、下顎骨観血的整復固定治療がなされ、舌、口腔底の縫合手術がなされ、その後、請求原因3(一)(2)の入通院による治療がなされたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  後遺症

前示甲第四ないし第六号証、原告主張の写真であることに争いのない第七号証の一ないし三、当事者間に成立に争いのない第八ないし第一〇号証、並びに前示原告法定代理人松元圭子本人尋問の結果及び前示古本雅彦の証言によれば、原告は古本医師の手術と治療により、昭和五七年三月二七日には一応の治ゆ状態となつたこと、その後の経過は、舌尖三分の一が萎縮し舌先が短かくなつたこと、そのため口唇に容易に至るほどには舌先が出にくくなり、舌の大きさとなめらかさを欠くに至つたこと、語音は口腔等附属管の形の変化によつて形成されるが、唇、口蓋、咽頭、歯(但し、前判示のとおり乳歯骨折四本を生じた。)には後遺障害は残らず、右の如く、舌にのみ後遺障害が残つたこと、そのため、舌の回転に依存するラ行音とタ行音の歯舌音に明瞭性を欠く障害を残したが、発音が一部不能になつたとまでは認められないこと、咬合障害については下顎骨骨折縫合の手術が成功し、変形の後遺症が残らなかつたため、咬合障害は考えられないこと、味覚機能の障害やそしやく機能の障害の有無については、原告が幼児であるため明確な所見はえられず、医学的には不明のままであること、しかしながら舌尖三分の一の萎縮があるため何らかのえん下作用に影響を及ぼしていることが所見されること

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実によれば、原告の病状は昭和五七年三月二七日に症状固定し、舌尖に傷痕が残つたことが認められる。(甲第六号証の診断書は症状固定の記載はないものの、前示証人古本雅彦の証言によれば、右時点においては、幼児のため予後的所見が平明でないため慎重を期したと証言していることからすれば、その後の症状に大幅な変展は認められない以上、右の時点をもつて症状が固定したとみるのが相当である。)

ところで、原告は後遺症として舌先三分の一の萎縮からくるそしやく及び言語の機能の障害を主張し、障害別等級表第九級の六もしくはいわゆる障害等級認定基準4ロ(3)、併合、準用、加重の項に記載する「舌の異常」に相当するとして第一〇級の二を主張するのに対し、被告は医学的証明がないから後遺障害等級のいずれにも該当しないと反論するので判断するに、(なお、自動車損害賠償保障法施行令別表には、第一級から第一四級まで一四等級の後遺障害の序列が定められているが、右の序列にあてはまらないケースについては、障害認定基準について法令上同別表備考1ないし6が存するものの、具体的個別的な規定を欠くので、これと同旨で具体的な労災保険における身体障害等級認定基準〔労災保障関係昭和五〇年九月三〇日基発第五六五号〕による認定に準拠して、同別表の後遺障害等級の解釈を行う。)右認定基準によれば、障害別等級表第九級の六、第一〇級の二の「そしやくの機能に障害を残すもの」とは、「ある程度固形食の摂取はできるが、これに制限があつて、そしやくが十分でないもの」をいうとされ、また、「言語の機能に障害を残すもの」とは、「四種の語音(口唇音・歯舌音・口蓋音・喉頭音)のうち、一種の発音不能のもの」をいうとされている。この基準に照らせば、前判示のとおり、言語の機能については、原告は舌のほぼ三分の一の萎縮の後遺障害が残つたものの、特にラ行音、タ行音等歯舌音の発音に発音障害が認められるものの、前示松元圭子本人尋問の結果によれば、ゆつくりと発音すれば聞き取りにくくはなく、且つ、一音ずつ発音すれば発音不能の語音はないことが認められ、依然として、発音は可能であるから、右の程度では原告の言語の機能障害は右認定基準には達しないものと解さざるを得ない。また、そしやく機能についても、前判示のとおり固定物のえん下に制限があると医学的に断定できないのであるから、右認定基準に達するとはいえない。

しかしながら、前判示のとおり、原告は本件事故により舌尖三分の一の萎縮を余儀なくされ、右の如く、発音にも一部障害が生じていることからすれば、認定基準4ロ(3)の準用(イ)の「舌の異常」に該るというべきである。つまり、その萎縮は前判示のとおり、障害等級認定にあたつて斟酌に値しない軽微なものとは言い難く、外見上も機能上も通常人のそれと比較した場合、舌を自由に機能させられない相違がある以上、障害別等級表第一〇級の二に相当する程度の舌の異常と解するのが相当である。たしかに被告が主張する如く、原告は、後遺症固定時において未だ三歳の幼児であり、今後の成長過程での舌の萎縮の回復が全く期待できないわけではない。しかし、前示甲第五号証、証人古本雅彦の証言によれば、昭和五七年三月二七日頃、原告の舌は一応の症状固定がみられ、以後今日に至るまで、萎縮した舌が伸長する等回復の徴候があると認めるに足る証拠はないのであるから、今後の成長期を通じても、原告の舌の異常が現状より好転することの可能性は極めて小さく、せいぜい機能面での訓練、慣れによる多少の回復が期待できるにすぎないことが予測されるのであり、舌の異常が後遺症として残つたというのが相当である。従つて、障害別等級表に該当しないとする被告の主張及び乙第二、三号証の記載内容は採用できない。

3  治療関係費

(一)  治療費

成立に争いのない乙第三号証及び弁論の全趣旨によれば、本件事故による原告の治療費は合計金一四万八六二四円であることが認められる。

(二)  入院付添費

前示甲第四ないし第六号証及び前示松元圭子本人尋問の結果によれば、原告は幼児であり、原告の入院期間二九日、通院期間の実日数一〇日間は近親者の付添看護を必要としたと認められる。そして右入院の付添費用は一日金三〇〇〇円の割合により八万七〇〇〇円、通院の付添費用については一日金一五〇〇円の割合により金一万五〇〇〇円を要したと認めるのが相当である。

(三)  入院雑費

原告は、前判示のとおり、通算二九日入院しており、諸雑費として一日金七〇〇円の割合により、合計金二万〇三〇〇円の入院雑費を要したと認めるのが相当である。

(四)  通院交通費

弁論の全趣旨によつて合計金一万八〇〇〇円と認める。

4  慰藉料

(一)  入・通院慰藉料

本件事故の態様、原告の年齢、傷害の部位・程度、治療の経過、被告の見舞の状況等一切の事情を考慮すると金一〇〇万円とするのが相当である。

(二)  後遺障害の慰藉料

前判示のとおり、原告の舌尖の萎縮は、障害別等級表第一〇級に相当する「舌の異常」と認められるところ、後記のとおり、労働能力の喪失を前提とする逸失利益は算定困難であり、慰藉料によつて補完すべきである。

そこで検討するに、右舌尖後遺症は、原告の生涯において、しかも日常生活の日々において、通常人には味わうことのない無数の不自由、不快をもたらす恐れもあるし、今後女性として思春期を経て成長していく過程において、舌の異常が劣等感の原因となつて原告に重くのしかかることも十分予想されるし、歯舌音に依拠する外国語修得に不自由をきたすことによつて、進路選択の範囲を狭める可能性も大きいなど、諸般の事情を考慮すると、本件慰藉料額は六〇〇万円をもつて相当とする。

5  原告は、後遺障害による逸失利益も請求するので判断するに、前認定の「舌の異常」の後遺障害は一般に口腔内に収まるものであり、直ちに労働能力を喪失させるものとは断定できない。従つて障害の程度、障害者の年齢、職業、性別等の具体的な事情によつてこれを認定すべきであると考えられる。これを原告についてみるに、原告は症状固定時三歳の女児であり将来を予測することは困難であるが、成人に達し言語機能に関連した職業を選択した場合に、その職種にある程度の制約が加わることも予想できるが、しかし、逸失利益を算定するほど明白ではなく、前示した如く、後遺障害の慰藉料算定にあたり、十分勘酌して算定すべきであり、且つ、これをもつて足りるとするのが相当である。

6  以上によれば、認定の総損害額は金七二八万八九二四円となる。

四  過失相殺、一部填補の抗弁

1  前示甲第二、三号証及び同松元圭子の供述によれば、被告は加害車を運転し、下り坂の岡山バイパス北側道を青江方面から浜野方面に向け東進したこと、被害車もこれと併進した岡山バイパス本線を東進していたが、両者のバイパスには防護壁が設置され相互に見通しはきかなかつたこと、被告は右防護壁の切れた本件交差点を右折しようとしたが、原告を同乗させた松元圭子は、青色信号に従つてなおも直進しようとしており、右の事情で被告を至近距離で発見できたにすぎず、衝突を回避できず本件事故に至つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右の事実によれば、被告は直進中の被害車を一方的に妨害したというべきであるから、原告側に過失はないというべきであり、被告の抗弁には理由がない。

2  成立に争いのない乙第三号証によれば、抗弁2の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

五  右の結果、以上の損害賠償額は金六九八万二七八二円となる。

六  請求原因3(五)の弁護士費用について判断するに、弁論の全趣旨によると、原告が原告訴訟代理人に本訴の提起、遂行を委任したことが認められ、本件事案の難易、審理の経過、認容額等を総合考慮すると、本件事故と相当因果関係にある損害として請求できる弁護士費用は金七五万円と認めるのが相当である。

七  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、金七七三万二七八二円及び内金六九八万二七八二円に対する本件事故の日である昭和五六年一〇月一五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 生田治郎)

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